心の扉①-3


ピンポン!

「類様、お迎えにまいりました。ご準備は宜しいでしょうか」
「うん」

日本へ行ったら支社長就任
本格的にジュニアとしての人生が始まる

「結城邸に向かいますが、その前にこちらに目を通しておかれた方がよろしいかと」

雑誌?
随分と手際がいいよね

「この情報源はどこから?」
「結城コーポレーションからと」

昨日の今日でなんて、前もって準備してたって事か
世界情勢が不安定でホテル事業も苦しいみたいだね
別にそんな事しなくても逃げやしないのにさ
それに嫌でも日本へ行けばこんな事しなくても騒がれるのに、何をしたいんだか
クスッ、もしかして政略結婚って言われたくなかったのかも

『キャンパスから始まった四年越しの愛』

確かに大学は一緒だったみたいだけど、初めて会ったのは半年くらい前に、会食だって言われて連れて行かれた見合いの席だったはずだからね
その後、数回食事に行ったけど、記事にあるように二人きりじゃなく、父さん達と一緒だったし
日本に行く前に見ておいて良かった
話を合わせなきゃいけないから
まったく面倒くさい事してくれるよ、この婚約者は

「類様、結城邸に到着致しました」

でも何故だか嫌いにはならないんだよね、この人
そこら辺にいるお嬢様達と何ら変わらないのに…
きっと時折見せた気取らない行動が似ていたからかも
初めて会った会食の後なのに、邸に送る車に乗り込んで直ぐ寝ちゃうとことかね
そういえば毎回送る度に寝てるかも
今日も寝ちゃうのかな
クスッ、無邪気な顔をして

空港へ向かう車の中では、雑誌の事で話してたから、さすがに寝なかったけど、飛行機では俺より先に寝ちゃうなんてね
昨日、あまり寝られなかったのかな
なんか疲れた顔してるし

「本当にごめんなさい…父が勝手にこんな記事を提供してしまって」

必死に謝ってた
ビジネス絡みの結婚なんだからこんなのは当たり前なのに
ただキャンパスで二人で写ってる写真には驚いたけど
木陰で本を読んでいる俺の隣にあの人が座ってる写真
合成写真かと思ったけど、俺に気づかれないように、そっと座って写真を撮ったって言ってた

「その写真…私の部屋に飾ってあったのを父が勝手に持ち出したみたいで」
「部屋に飾ってたの?」
「実は…私、大学で類さんをお見かけした時から…あの…ずっと…好きでした///」

お互いに恋愛感情抜きの結婚だと思ってたから、正直ビックリしたけど、真っ赤になって俯いた仕草を見て、思わず頭をポンポンって叩いてた
いつも牧野にしていたように…

容姿も何もかもまったく似ていないのに、この人のどこかに牧野の面影を探しているのかもしれない
クククッ、さっきは『ありがとう』と『ごめんなさい』を連発されて、聞き飽きたって言いそうになったしね
この人で良かったかも
恋愛感情は持てなくても、時より、牧野といる錯覚を与えてくれる人だから


「…さん。類さん、起きて」

ふぁ~
いつの間にか寝てた

「もう着いたの?」
「えぇ。ぐっすり寝てらして、随分お疲れのようですけど、これからマスコミが…」

クスッ
バッチリ化粧しちゃって、俺が寝てる間に準備してたんだ

「大丈夫でしょ。空港には事前に連絡してるからもみくちゃにされる事はないし、別に会見を開くわけじゃないんだから。行こ」
「はい…」

何だか不満みたいだね
そんなに宣言して貰いたいの?
雑誌に掲載して、こうして一緒に帰国までするんだから、これ以上マスコミにサービスする事もないでしょ

「マスコミは俺が対応するから、俺の傍から離れないで」
「はい」

羽田空港か…

牧野を見送ったのも、俺がフランスへ行ったのも成田空港だった
たった五年なのに空港まで変わっちゃうなんてね

「お二人揃って帰国という事は婚約したという記事は本当だったんですよね?」
「結城さん、その指輪は婚約指輪ですか?」

距離はちゃんと取られてるけど、相変わらずうるさい
この人達も仕事だから仕方ないけどね

「就任パーティーでお話しますので、申し訳ないですが、彼女も疲れていますし、今日のところは失礼致します」

昔だったら何も言わずに素通りしてたのに
会社のイメージを悪くするわけいかないし、就任パーティーの事があるからね

…司は来るのかな

道明寺財閥から出席の連絡は来たけど、まだ誰が来るかは解ってない
司が来るとなると、もちろん牧野も…